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芹沢作品に関する感想や、他の作家の感想など皆様のお便りをお待ちしています。
本サロンが文学愛好者同士の素敵なふれあいの場になることを願います。
以下のフォームにお名前(匿名・ニックネーム可)と内容を書き、文字認証をしてから「コメントを書く」を押してください。
(いただいた内容は、事務局で確認後公開いたします。)

  1. 事務局池田三省

    芹澤 均様

    先日の『ブルジョア・結核患者』刊行記念講演会」にご参加くださり有り難うございます。
    本当に、芹澤さんの言われるように「ブルジョア」を再読しても、「巴里に死す」「人間の運命」「神シリーズ」のような、明確な感想を得る事が出来ませんでした。
    鈴木様の詳しい解りやすい説明の中で、一番感じたのは、「短編小説」であること。結核者の生命を大切にする生き方。
    1930年時代の世界情勢を映画を見ているように場面場面を切り取って読者に示している。多くの情報が詰め込まれている。との説明で納得しました。

    私の「ブルジョア」を再読して感じた事。
    (1)「人間は、100年経っても成長するのではなく、退化しているのではないだろうか。」と思いました。 その原因を光治良先生は100年間に「結核が心と体を蝕むように、ファシズムや資本主義が世界を蝕んでいく」。
    『ブルジョア』の最初の『租税の大半を、軍備に奪われない国民は、仕合わせである』と書かれている。
    100年以上経った今の日本は、四十兆円余りの防衛費を租税から奪おうとしている。 
    光治良先生は、この現在の日本を予見していたのでしょうか・・・。

    (2)「自由・平等・博愛」について。
    「自由・平等・博愛」は、ただその線内(鉄条網内)の自由だ」(P39)と語られている。
    この時代のフランスの現実の姿なのでしょうが・・。
    先生の最後の作品「天の調べ」にも「自由・平等・博愛」の文字が多く出てきます。 光治良先生は、この「自由・平等・博愛」の実現する社会をもとめていたのでしょう。
    しかし。100年たった今でも実現していません。
    鈴木さんの言われる「命をかけても困った人を助ける。」、又、誰もが「人、家族、友を大切にする心」になれば、「自由、平等、博愛」の心で生きていけるのでしょうが。そのためには、芹沢文学を広く世間に広めるしかないのでしょうか。

    (注)最後に鈴木先生に質問です。芹沢先生は一貫して、反資本主義(=社会主義への共感)だったのでしょうか?
     鈴木先生から回答がきましたらお知らせします。
     
    以上

  2. 芹澤 均

    12月17日(日)、サロン・マグノリアで開催された『ブルジョア・結核患者』刊行記念講演会に参加しました。『ブルジョア』は何となくわかりにくい・読みにくいという印象を持っておりましたが、講師の鈴木吉維先生作成のレジュメと先生の明快な解説により、そうだったのかと気づかされることが少なからずあり、ようやく腹落ちしました。レジュメは【テーマ・主題】【影響と評価】【『ブルジョア』以後】、【現代的意義】の4つの視点からまとめられており非常にわかりやすかったです。鈴木先生、どうもありがとうございました。また、このような貴重な機会を設けていただいた事務局の池田三様はじめ関係の皆さまに感謝申し上げます。
    最後に鈴木先生に質問です。芹沢先生は一貫して、反資本主義(=社会主義への共感)だったのでしょうか?

  3. 財団事務局(池田)

    昨日(4/29)『「巴里に死す」講演と読書会』の報告です。

     当日は、GWの初日で快晴の空に、参加者の皆様がご参加くださるか心配していましたが
    多くの方(30名)がご参加くださりました。
    有り難うございました。

    少し報告させていただきます。
    ・一部「講演」
     ・杉淵先生の講演に、参加者の皆様は絶賛でした。
      演題『「巴里に死す」から浮かび上がる芹沢光治良が見ていたパリ』
      でお話しくださいまし。
     ・杉淵先生は、光治良先生と同じく、フランス・パリに平成13年から7年間留学されていました。
      そのため、パリの隅々までご存知なので、「巴里に死す」の登場人物の宮村・伸子の過ごした
      パリの風景や街並みを詳しく紹介してくれました。
      最後に、インターネットから探し出した、光治良先生が留学された頃の1927年の華やかな時代の
      パリをカラー映像で紹介してくださり、現実に光治良ご夫婦が過ごしたパリを感じることが出来ました。
     ・華やかな時代のパリの風景を感じながら、その時代に巴里で過ごした光治良ご夫婦を参加者の皆様も
      手に取るように感じたのではないでしょうか。

      (1927年ごろの華やかな巴里の動画URL https://youtu.be/mgVl6Yk4itw  )
      
    ・2部のフリートーク
     ・一部の余韻を持ってのフリートークでしたので、多くの方(12名)が活発に想いをお話しくださいました。
     (参加者コメント)
      ・今回、光治良先生が実際に生活していたパリの風景や街並みを知し、今までは、作品を自分の知識範囲内の
       イメージで想像して作品を読んでいたが、今回は、登場人物がもっと身近に感じて作品を読む楽しさを感じました。
      ・杉淵先生の「巴里に死す」の地理的な芹沢先生が見た光景、歩いた道。宮村が青木鞠子の住んでいた場所まで16キロ、
       歩いて行かれる距離など、発想は若くて面白かった。
      ・平面でなく、立体的な読書方法も面白いですね。
      ・財団行事に初めて参加された方が10名近くいました。
      ・「巴里に死す」、違和感なく読めた・・。
      ・長く読み継がれているのは、伸子が示した、今はなくしている
       日本人の道理(”未来・子供”に重点を置く)を感じるから読み
       継がれているのではないでしょうか。

      などなど多くの感想がありました。

      有り難うございました。

     参加者の方でお話しできなかった方や、
     参加者以外の方でも「巴里に死す」のお話を聞かせてください。

     お待ちしています。

     ※次回の講演会の告知です。
     ■芹沢光治良没後30年記念(1)
       『「光治良・文子・玲子」を語る会』 ご案内

      日時 令和5年6月11日(日)  14:00~16:00
      会場 サロン・マグノリア(東中野)
      講演 櫻井信雄(元新潮社 芹沢光治良担当)
      募集 30名 (予約制)
      お茶代 1000円(珈琲・紅茶・お菓子)
      内容
         ・講演 櫻井信夫
             ”新潮社時代の芹沢光治良との交流」
         ・参加者による
             ”光治良・文子・玲子”の思い出を語り偲ぶ。   

      ●申し込み 
        ・E-メール 又は携帯番号(C,SMS)メールで申し込んでください。
       事務局 池田三省
         携帯番号:0808-5088-1660  E-メール:ikeda_sa2002@yahoo.co.jp

    ご参加のほどよろしくお願いします。

    事務協
    池田三省
      

  4. 桑田幸真

    岡山芹沢文学読書会の桑田と申します。
    いつも、ご尽力頂きありがとうございます。
    去る、2月19日に「岡山芹沢文学読書会」の第一回を行いました。
    私のイメージでは、10名ほどの規模であろうと考えておりましたが、23名という規模になり、何分初めての事もあり戸惑ってしまいました。
    みなさんに自己紹介や芹沢文学との出会い、また1章についてとご発言頂きました。
    印象に残ったのは、参加者の中に盲目になられた方がおられました。その方は「私は目が見えなくなって、たくさんの人にお世話になっています。目が見えないのは辛い事だけど、周りの方々のおかげで私は生きていられるのを実感し、毎日が感謝感謝の日々です。」と仰っておられました。それを聞き感動しました。
    やはり、人間は心が大切なのだという事を実証されたのだと感じ、こちらも幸せな気分になる事が出来ました。
    何かを求めて来られる方が大勢いらっしゃるんだと、襟を正す思いでした。
    今回は初回という事もあり、司会者の私がカチコチになってしまって、場も緊張させてしまったと反省しております。
    回を重ねるごとに読書会も成長すると考えております。
    お力添えとご声援を頂きありがとうございます。
    今後とも、よろしくお願い致します。
    桑田幸真

    • 事務局の池田三省

      桑田様、読書会の報告有難うございます
      初回に芹沢文学の愛読者23名の方が参加されるとは
      素晴らしいですね。
       参加者の芹沢文学への思いや日常生活を語り合える読書会
      になるといいですね。
       
      次回の読書会で、「神の微笑」のどのような内容が話題になったか
      教えてください。皆様がどのように読まれているのか興味があります。
      よろしくお願いします。

      次回も楽しんでください。

  5. 新潮社の石川です

    お世話になっております。

    芹沢先生が「新婦人」に連載された「聖書物語」の続きがないか、国会図書館の限定公開資料が個人登録によって閲覧できるようになったので、覗いてみましたが、やはり第5回の号までしか所蔵されていませんでした。資料収集は大変ですね。

    • 事務局 池田です

      石川様

      投稿有り難うございます。

      HPにアップした「聖書物語」は、光治良先生が、雑誌から
      切り取った資料をアップしています。
      第5回までしかありません。
      しかも「つづく」で終わっています。

      国会図書館でも第5回しか所蔵されてないとは、
      古本屋を探すしかないのでしょうか。

      最後まで読んでみたいものですね・・。

      ※全国の読者の皆様で「聖書物語」第6回以降をお持ちの方
       ご連絡お願いします。

      本HPにアップしたいと思います。
      宜しくお願いします。

      石川様有り難うございました。

      事務局
      池田三省

  6. 歴たび舎(ぬまづ歴たび)@白妙博明

    ご担当者さま

    お世話になります。
    静岡県沼津市在住で、着地型観光
    街歩きツアー等を行う
    歴たび舎(ぬまづ歴たび)@白妙博明と申します。

    沼津市我入道は芹沢光治良先生の生まれ故郷であり
    我入道界隈を散策する街歩きツアーを企画しており
    今後実施してまいります。

    まずは「狩野川の渡し船・街なかと漁師町から観る沼津繁栄の歴史を体感」
    というツアーの中で、芹沢光治良先生のゆかりの地も含めた街歩きを実施致します。

    芹沢光治良先生をご存知ない方に「目と耳で味わう 芹沢文学の世界」を
    ご紹介させていただいたり、もし可能でしたら・・・
    引用させて頂ければと思い、投稿させていただきました。
    させていただきました。

    どうぞ、よろしくお願いいたします。

    • 事務局(池田)

      歴たび舎(ぬまづ歴たび)
      白妙博明様

      ご投稿有り難うございます。
      また、返信が遅くなり申し訳ありません。

      今月(10/15)中野区東図書館で
      勝呂奏(財団代表理事)「中野区ゆかりの作家 芹沢光治良」と
      題しての講演会があります。

      その参加者の皆様に、主催者の中野区東図書館様より
       ①『芹沢光治良光治良文学さんぽMAP』
       ②「芹沢光治良ノート①②」
       を配布けますようお願いしています。

       この、『芹沢光治良光治良文学さんぽMAP』を見て
       沼津を散歩していただけるかもしれません。

       又、新しい情報を投稿ください。

       宜しくお願いします。

      「芹沢光治良先生をご存知ない方に「目と耳で味わう 芹沢文学の世界」を
       ご紹介させていただいたり、もし可能でしたら・・・
       引用させて頂ければと思い、投稿させていただきました。」

       ⇒「紹介の件は、何も問題ありません。
         引用の件に関して、何が問題あるのか不明のため少し検討させてください」
         わかり次第ご連絡いたします。

      事務局
      池田三省

  7. 匿名

    芹沢光治良『人間の運命』の朗読を聞いて朗読のテンポについて考えさせられた。よほどゆっくり読まないと耳で聞いただけでは意味が聞き取れない作品である。文章の構造の複雑さと説明的な書き方によって情景や場面の想像がむずかしいのだ。

    • 事務局(池田)

      匿名様

       返信が遅く申し訳ありません。

      「人間の運命」の朗読をお聞きくださり有り難うございます。

       芹沢文学の愛読者も高齢の方も多くおられます。
       そのため、耳から、もう一度、味わっていただきたいと
       始めました。

       2022/9月に 「完全版人間の運命1 次郎の生い立ち 第一章~第十八章」が
       完了しました。

       朗読者の加藤史也様が1年がかりで頑張ってくれました。
       「完全版人間の運命2 親と子」が準備中です。

       匿名様
        ・朗読のテンポをもう少し遅くすると、”情景や場面”が想像しやすくなるでしょうか・・。
        
        又、何か良いアイデアがあれば教えてください。

        宜しくお願いします。

      事務局
      池田三省

  8. ナデシコ

    わたしの友人が1980年半ば西ドイツに駐在員の家族としていた時に、『人間の運命』を読んだと、先日聞きました。
    日本の本が読みたくて、日本書籍店で購入したそうです。

    わたしの以下のブログをを見て思い出したといので、添付いたします。

    文学の集い

     ついに東中野に足を踏み入れました。そのはじまりは、知己のジャーナリスト、タイガーリーさんからの電話でした。
    「韓国語の翻訳ができる人を探しているというので、あなたを推薦しておいたから」
    続いて「その方は岡玲子さんといってね、作家の娘さんでね。その作家は芹沢光治良というのだけど、わかるかなあ」

    「はい、知っています。むかし作品を読みました」とすぐ答えました。

    そう19歳の頃、当時の仲のいい友だちが、いい本だからと貸してくれた一冊の本『人間の運命』。それを読んで感動して・・・丁度その頃です。夕刊の文化面に、「芹沢文学館」ができたとあったので、その友を誘って 東海道線に揺られて沼津に向かいました。
    その時の我入道の海岸、松林で写真を撮ったことも目に浮かびました。

    ~~~~~~~~~~
     これがきっかけとなり、作家・芹沢光治良(1896~1993)のお宅でひらかれる、玲子さんが主宰するサロン・マグノリアの会に、時々参加するようになったのです。
    芹沢文学周辺とピアノの音色を軸とする集いに心引かれ通うこと10年以上続きましたが、現在サロンは閉じられて、芹沢光治良記念文化財団になっています。

    ~~~~~~~~~~

    玲子さんのエピソード

    今から50年ほど前、日本と韓国の国交が正常化して5,6年経ったころです。日本大使館の書記官として赴任した夫君と共にソウルに暮らした玲子さんは、パリ音楽院に留学したのち音楽活動を続けていたので、ソウルの女学校でもピアノ教師として教える機会を得ました。

    その女学校でレッスンをはじめると、当初、教室にあふれるほど見学する生徒が集まってくるので、どうしたことかとたずねたところ、日本人のピアノの先生がうちの生徒をいじめるのではないか、と心配して見張っているということだったそうです。

  9. 中島準二

    『光治良さんとマラルメ』
          中島 凖二

     光治良さんの『秋箋』(一九三七年作)は『春箋』(一九三六年作)の続編で、女性たちの細やかな生き方を描いた作品である。扉の挿画には林芙美子さんが女性像を描いている。内容は、『春箋』の主人公で世間知らずの女学生のような美枝(帝大飛行研究所助手秋見の妻)の過去の災難との葛藤、洋行帰りの理知的な神沢ヨリ子の恋や仕事の悩み、お姉さん格で才色兼備の中目照子の助産所等経営のやりくり、さもしい毛利の妻できつくてお嬢さんタイプの真理子の夫との不和など、男女の性が織りなす恋愛模様や夫婦間の諍いなどが展開する現代でも色あせないドラマである。この中でヨリ子が口ずさむ詩がある。十九世紀後半の仏詩人ステファヌ・マラルメ(一八四二~一八九八)の代表作の一つ『半獣神の午後』の詩句である。

    「……そうした神経や注意を清く集中しようと、難解なマラルメの詩集を取出して読み、麗しい詩句に行き当たると、音読してみたりした。
     わが情熱よ、なれは知る、赤紫に熟れ果てて、いろだま柘榴のえみ割れて、蜂の羽風とふめく音を

     ヨリ子は霧の深い寒い日、パリのサル・ガヴォーで、ヴァレリーのマラルメに関する講演を聴いた時の感激を思い出した。あの時にも感じた自分の精神の粗雑さや感情の脆弱さが、今日では垢や塵の如く、最早この詩人の光芒には全くたえ得ないのだと、しみじみ情なかった。……」

     マラルメの詩は、シチリアの真夏の真昼に葦の茂る沼で好色な、また、葦笛を吹く芸術家でもある半獣神が午睡から覚め、おぼろげながら二人の女神ニンフ(水波女、泉の精)を捕まえて官能的な体験(あるいは妄想)を独白するものであるが、この詩句は、詩人ヴァレリー(一八七一~一九四五)が「世界で最も美しい詩句」と絶賛したものである。ヴァレリーは光治良さんと交流があったが、マラルメはヴァレリーの師である。また、訳は、フランス文学者でマラルメの翻訳の第一人者であり、小林秀雄ら多くの作家を育てた故東大教授の鈴木信太郎氏(光治良さんの先輩)によるものである。『半獣神の午後』は、発表時に劇場版としては断られ、当時流行っていた詩集への掲載も認められなかったが、親友のマネが挿絵を描いて豪華本として発行され、その後ドヴュッシーが『前奏曲』を作曲したり、ニジンスキーがバレーで踊ったりしている経緯がある。『秋箋』でも美しいヨリ子に対して秋見が半獣神になったりするシーンがあって詩情感漂うが、しかし、光治良さんがどうして女性のヨリ子にこの詩句を詠わせたのか謎である。

     サロメに通じる幻想的な詩『エロディアード』を書いたマラルメは詩人の頂点に立っているが、一八八三年ごろにパリ北西の十七区ローム通りのアパルトマン四階の自宅で「火曜会」という文学サロンを開いた。
    娘のジュヌヴィエーヴがお茶などを出している。これには当時の著名な芸術家が集まった。画家のルノワール、ベルト・モリゾ、ルドン、モネ、ドガ、ゴーギャン、ホイッスラー、詩人のヴァレリー、ヴェルレーヌ、ポール・クローデル、作家のモーパッサン、ジッド、オスカー・ワイルド、作曲家のドヴュッシーなど、数え上げればきりがない。みんなから好かれ、芸術的な議論を進めたマラルメの功績は計り知れないものがある。

     一方、多くの芸術家との交流がある光治良さんも、一九七七年八月に「芹沢文学研究会」を開いて多彩な活動をされた。心暖まるマラルメの軌跡である。また、玲子さん主催の「サロン・マグノリア」にもいろいろな人が参加し、貴重な講演やイベント、楽しいお茶での歓談などを設けていただいた。玲子さんには心からお礼を申し上げる次第です。

     注 詩句の最後の「蜂のとふめく音を」が、『秋箋』では「蘭の羽風とふくめる音を」になっている。これは印刷ミスと思われる。

     (マグノリア会員 二〇二二年一月)

    • 事務局(池田)

      中島様
      申し訳ありません。
      縦書きの原稿を横書きに変更させていただきました。

      光治良先生の初期の作品を投稿くださり有り難うございます。
      私も「春箋」「秋箋」を一度は読ませていただいたのですが、
      中島様のように掘り下げて読んでいませんでした。
      再読したくなりました。

      皆様も、芹沢作品の紹介をお待ちしています。

  10. ナデシコ

    岡玲子さんを偲ぶ          2021.11.17
      

    玲子さま

     いつも周りの方にやさしく気を配られながら、サロン・マグノリアのマダムとしての
    役割をこなされているお人柄をお慕いしておりました。
     この5月には『孤絶』のことなどで通話し、その後、読了したのでメールでご報告い
    たしました。6月12日付でした。
    ところが、それから6日に逝去されたという報を受けたので、一驚しました。

     昨年3月のマグノリアの会で、平素私的なことは話されない玲子さまが、珍しくご自身の
    身体の様子、ご主人の状況やワシントンDCにいられる寿里さんのことを、皆さんの前で
    お話しなさったのが、不思議に想いだされます。

     パリで学んだ新進ピアニストとして、各国に赴任された外交官夫人として、国際機関で
    働かれる娘さんの教育に、そしてサロン・マグノリアの運営に、晩年は芹澤光治良記念文化
    財団の設立にと最善を尽くされてきました。

     ソウルの作家韓末淑先生のご主人黄先生の音楽会では、いく度もご一緒して親しくさせて
    いただきましたね。

    ソウルよりメッセージが届きました。

    「玲子さんの優しく美しい面影忘れられません。ご冥福を心深くお祈りいたします。永遠に!」。

    もう、玲子さまのお声が聴けないのが本当に残念ですが、芹沢光治良記念文化財団のご発展を
    祈念いたしております。

  11. 池田春寿

    岡玲子さんと中央大学渡部公開講座でお会いして、サロンマグノリアに参加して、中村桂子先生についてお話ししたことがきっかけで、講演会「命」で中村桂子先生がサロンマグノリアに来てくださり、私も先生と直接お話しが出来ることになりました。 そのことと、今年の玲子さんのご逝去に関して、渡部先生に送りました私の文章のコピーを以下に送ります。次の詩の部会と、財団の偲ぶ会と財団の集まりには出席したいと思いますのでよろしくお願いいたします。会員の更新などで手続きが出来ておりませんでしたら、確認ください。 以下コピーを送ります。
    渡部先生ご夫妻 御中
    岡玲子さんの訃報、お別れの会につき連絡頂き有難うございました。
    本日11時にマグノリアに行き献花とご本人と面会をさせて頂きました。
    何とも言えないほどきれいにお眠りになっており、驚きと、感激のお別れでした。
    喪主の娘さんと、お姉さん(91歳と聞きました)にご挨拶してまさにお別れでした。
    一言お話しと写真メモをお渡ししてきましたのは、渡部先生の講座の帰りに何時も
    岡さんとお話をして、その時に中村桂子先生のお話をしたことがきっかけでマグノリア
    の会に中村桂子先生を5月のマグノリアへ呼んで講演会(テーマ・命)をお聞きしたことが
    きっかけで、中村桂子先生とお話しができ、高槻・生命誌研究館へは10数回通い、
    ご自宅にも「オープンガーデン」の日にお伺いして何回か過ごすことが出来ましたのと、
    驚いた事に6月6日に小平図書館友の会に、ZOOM、でしたが、
    テーマ「命 今伝えたいこと」で講演会をしていただいたところでした。
    渡部先生にも2回講演会できて頂きましたが、それ以来のイベントでしたが、
    岡さんの旅立ちと、同じ日の出来事でした。
    今日、岡さんのお顔を拝見して、生涯忘れることのできない日となりました。
    先生からのお知らせに,改めて感謝を申し上げます。
    渡部先生との再会できる日を楽しみにしつつ、失礼いたします。
    池田春寿

  12. エーデルワイス

    『孤絶』を読みました。

    『離愁』『故国』と続いて、出版されることを望みます。

  13. 池田三省

    本日(3/24)「芹沢光治良 孤絶」で検索すると
    「アマゾン」で ”P+D BOOKS 孤絶 (P+D BOOKS)” を見つけました。
     2021/4/8 発売予定で715円でした。

    早速3冊予約しました。
    楽しみです。

    (紹介文)
     病を機に主人公は人生の針路を大きく変える。

    「歓喜をともなわない仕事をして、どんな仕事ができよう……
     いつはてるか知れない命のある間、生命を歓喜にもやすような仕事をしたい」
     日本での役所勤めを辞め、パリの大学で社会科学の研究にいそしんでいた〈私〉。
     指導教官にも恵まれ、帰国するまでに学位を取得できるはずだった。ところが、
     結核に感染していることがわかり、療養生活を送ることに。
     気分を萎えさせる言動を繰り返す妻、一進一退を繰り返す病状に、
     〈私〉は重大な決心をする……。

     私は、初版本を持っていますが、令和に「孤絶」が復刊されることの
     意味を考えながら再度読み直したいと思います。

     皆様も注文してみてはいかがでしょう・・・。

    「離愁」「故国」と続く三部作の第一作。

  14. ナデシコ(本橋良子)

    光治良先生は、原稿を書いていられるときに、
    音楽を流されていましたか?
    それとも静謐な中で執筆されていましたか?
    もし、音楽を聴きながらでしたら、どんな曲を好まれたのでしょうか?
    興味があります。教えてください。

    • 事務局(池田)

      ナデシコ様
      お問い合わせ有り難うございます。
      お問い合わせ内容を四女の岡玲子様にお尋ねしました。
      光治良先生は、創作中には音楽は特に聴いていませんでしたが、
      私や姉の文子のピアノやお歌を聴きながら創作したかもしれません・・。
      ・光治良先生が、昭和38年11月1日 発行の「音楽の友」に
      「オペラのパラダイス東京」という書き物を見つけましたので
      ご参考にしてください。(概要のみ記載ですが・・・)

      ■「オペラのパラダイス東京」 昭和38年11月1日 「音楽の友」
      ●概要
      ・音楽を聞くのは心を洗うためである。
      ・ただ楽しむためならば、いつも「オペラ」を聞く事にしている。
      ・オペラは音楽の大殿堂のようなものである。
      ・オペラは、たとえばシャルトルの聖堂を訪ねる時のように、心の衛生上必要なものである。  
      ・最初に見たのは、パリのオペラ座でベルリオーズ「ファウストの去罰」
      〇イタリアのオペラ
       ・歌を聞かせること主で、歌手の声と芸とが中心で、他はそれに従属している。
       ・イタリアのオペラはいい歌手がそろわなければ、面白さが減少する。
      〇ドイツのオペラ
       ・イタリア・オペラのように声楽中心主義になっていない。
        音楽と劇とがからみあって総合芸術になっている。
       ・合唱も管弦楽団も指揮者も演出家も全部来なければドイツ・オペラの
        真価は発揮できない。

      以上

      • ナデシコ

        復刻版『緑の校庭』にある『月光の曲』を読んだ時に、音楽に魅了されている光治良先生の情熱が伝わってきて、さっそく「月光の曲」をYou Tubeで聴きました。

        青春時代、『人間の運命』(1,2巻のみ)を読んだ時に、高校生の次郎がピアノの音を聴いて目に涙して感動する場面や、大学生の次郎が、音楽を聴いて魂の底まで動かされるという場面に接し、そのようにクラッシク音楽を楽しみたいと思ったものです。

        先生は静謐の中で、机に向かわれていられたのですね。
        ご回答有難うございました。

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