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芹沢作品に関する感想や、他の作家の感想など皆様のお便りをお待ちしています。
本サロンが文学愛好者同士の素敵なふれあいの場になることを願います。
以下のフォームにお名前(匿名・ニックネーム可)と内容を書き、文字認証をしてから「コメントを書く」を押してください。
(いただいた内容は、事務局で確認後公開いたします。)

  1. ナデシコ

    わたしの友人が1980年半ば西ドイツに駐在員の家族としていた時に、『人間の運命』を読んだと、先日聞きました。
    日本の本が読みたくて、日本書籍店で購入したそうです。

    わたしの以下のブログをを見て思い出したといので、添付いたします。

    文学の集い

     ついに東中野に足を踏み入れました。そのはじまりは、知己のジャーナリスト、タイガーリーさんからの電話でした。
    「韓国語の翻訳ができる人を探しているというので、あなたを推薦しておいたから」
    続いて「その方は岡玲子さんといってね、作家の娘さんでね。その作家は芹沢光治良というのだけど、わかるかなあ」

    「はい、知っています。むかし作品を読みました」とすぐ答えました。

    そう19歳の頃、当時の仲のいい友だちが、いい本だからと貸してくれた一冊の本『人間の運命』。それを読んで感動して・・・丁度その頃です。夕刊の文化面に、「芹沢文学館」ができたとあったので、その友を誘って 東海道線に揺られて沼津に向かいました。
    その時の我入道の海岸、松林で写真を撮ったことも目に浮かびました。

    ~~~~~~~~~~
     これがきっかけとなり、作家・芹沢光治良(1896~1993)のお宅でひらかれる、玲子さんが主宰するサロン・マグノリアの会に、時々参加するようになったのです。
    芹沢文学周辺とピアノの音色を軸とする集いに心引かれ通うこと10年以上続きましたが、現在サロンは閉じられて、芹沢光治良記念文化財団になっています。

    ~~~~~~~~~~

    玲子さんのエピソード

    今から50年ほど前、日本と韓国の国交が正常化して5,6年経ったころです。日本大使館の書記官として赴任した夫君と共にソウルに暮らした玲子さんは、パリ音楽院に留学したのち音楽活動を続けていたので、ソウルの女学校でもピアノ教師として教える機会を得ました。

    その女学校でレッスンをはじめると、当初、教室にあふれるほど見学する生徒が集まってくるので、どうしたことかとたずねたところ、日本人のピアノの先生がうちの生徒をいじめるのではないか、と心配して見張っているということだったそうです。

  2. 中島準二

    『光治良さんとマラルメ』
          中島 凖二

     光治良さんの『秋箋』(一九三七年作)は『春箋』(一九三六年作)の続編で、女性たちの細やかな生き方を描いた作品である。扉の挿画には林芙美子さんが女性像を描いている。内容は、『春箋』の主人公で世間知らずの女学生のような美枝(帝大飛行研究所助手秋見の妻)の過去の災難との葛藤、洋行帰りの理知的な神沢ヨリ子の恋や仕事の悩み、お姉さん格で才色兼備の中目照子の助産所等経営のやりくり、さもしい毛利の妻できつくてお嬢さんタイプの真理子の夫との不和など、男女の性が織りなす恋愛模様や夫婦間の諍いなどが展開する現代でも色あせないドラマである。この中でヨリ子が口ずさむ詩がある。十九世紀後半の仏詩人ステファヌ・マラルメ(一八四二~一八九八)の代表作の一つ『半獣神の午後』の詩句である。

    「……そうした神経や注意を清く集中しようと、難解なマラルメの詩集を取出して読み、麗しい詩句に行き当たると、音読してみたりした。
     わが情熱よ、なれは知る、赤紫に熟れ果てて、いろだま柘榴のえみ割れて、蜂の羽風とふめく音を

     ヨリ子は霧の深い寒い日、パリのサル・ガヴォーで、ヴァレリーのマラルメに関する講演を聴いた時の感激を思い出した。あの時にも感じた自分の精神の粗雑さや感情の脆弱さが、今日では垢や塵の如く、最早この詩人の光芒には全くたえ得ないのだと、しみじみ情なかった。……」

     マラルメの詩は、シチリアの真夏の真昼に葦の茂る沼で好色な、また、葦笛を吹く芸術家でもある半獣神が午睡から覚め、おぼろげながら二人の女神ニンフ(水波女、泉の精)を捕まえて官能的な体験(あるいは妄想)を独白するものであるが、この詩句は、詩人ヴァレリー(一八七一~一九四五)が「世界で最も美しい詩句」と絶賛したものである。ヴァレリーは光治良さんと交流があったが、マラルメはヴァレリーの師である。また、訳は、フランス文学者でマラルメの翻訳の第一人者であり、小林秀雄ら多くの作家を育てた故東大教授の鈴木信太郎氏(光治良さんの先輩)によるものである。『半獣神の午後』は、発表時に劇場版としては断られ、当時流行っていた詩集への掲載も認められなかったが、親友のマネが挿絵を描いて豪華本として発行され、その後ドヴュッシーが『前奏曲』を作曲したり、ニジンスキーがバレーで踊ったりしている経緯がある。『秋箋』でも美しいヨリ子に対して秋見が半獣神になったりするシーンがあって詩情感漂うが、しかし、光治良さんがどうして女性のヨリ子にこの詩句を詠わせたのか謎である。

     サロメに通じる幻想的な詩『エロディアード』を書いたマラルメは詩人の頂点に立っているが、一八八三年ごろにパリ北西の十七区ローム通りのアパルトマン四階の自宅で「火曜会」という文学サロンを開いた。
    娘のジュヌヴィエーヴがお茶などを出している。これには当時の著名な芸術家が集まった。画家のルノワール、ベルト・モリゾ、ルドン、モネ、ドガ、ゴーギャン、ホイッスラー、詩人のヴァレリー、ヴェルレーヌ、ポール・クローデル、作家のモーパッサン、ジッド、オスカー・ワイルド、作曲家のドヴュッシーなど、数え上げればきりがない。みんなから好かれ、芸術的な議論を進めたマラルメの功績は計り知れないものがある。

     一方、多くの芸術家との交流がある光治良さんも、一九七七年八月に「芹沢文学研究会」を開いて多彩な活動をされた。心暖まるマラルメの軌跡である。また、玲子さん主催の「サロン・マグノリア」にもいろいろな人が参加し、貴重な講演やイベント、楽しいお茶での歓談などを設けていただいた。玲子さんには心からお礼を申し上げる次第です。

     注 詩句の最後の「蜂のとふめく音を」が、『秋箋』では「蘭の羽風とふくめる音を」になっている。これは印刷ミスと思われる。

     (マグノリア会員 二〇二二年一月)

    • 事務局(池田)

      中島様
      申し訳ありません。
      縦書きの原稿を横書きに変更させていただきました。

      光治良先生の初期の作品を投稿くださり有り難うございます。
      私も「春箋」「秋箋」を一度は読ませていただいたのですが、
      中島様のように掘り下げて読んでいませんでした。
      再読したくなりました。

      皆様も、芹沢作品の紹介をお待ちしています。

  3. ナデシコ

    岡玲子さんを偲ぶ          2021.11.17
      

    玲子さま

     いつも周りの方にやさしく気を配られながら、サロン・マグノリアのマダムとしての
    役割をこなされているお人柄をお慕いしておりました。
     この5月には『孤絶』のことなどで通話し、その後、読了したのでメールでご報告い
    たしました。6月12日付でした。
    ところが、それから6日に逝去されたという報を受けたので、一驚しました。

     昨年3月のマグノリアの会で、平素私的なことは話されない玲子さまが、珍しくご自身の
    身体の様子、ご主人の状況やワシントンDCにいられる寿里さんのことを、皆さんの前で
    お話しなさったのが、不思議に想いだされます。

     パリで学んだ新進ピアニストとして、各国に赴任された外交官夫人として、国際機関で
    働かれる娘さんの教育に、そしてサロン・マグノリアの運営に、晩年は芹澤光治良記念文化
    財団の設立にと最善を尽くされてきました。

     ソウルの作家韓末淑先生のご主人黄先生の音楽会では、いく度もご一緒して親しくさせて
    いただきましたね。

    ソウルよりメッセージが届きました。

    「玲子さんの優しく美しい面影忘れられません。ご冥福を心深くお祈りいたします。永遠に!」。

    もう、玲子さまのお声が聴けないのが本当に残念ですが、芹沢光治良記念文化財団のご発展を
    祈念いたしております。

  4. 池田春寿

    岡玲子さんと中央大学渡部公開講座でお会いして、サロンマグノリアに参加して、中村桂子先生についてお話ししたことがきっかけで、講演会「命」で中村桂子先生がサロンマグノリアに来てくださり、私も先生と直接お話しが出来ることになりました。 そのことと、今年の玲子さんのご逝去に関して、渡部先生に送りました私の文章のコピーを以下に送ります。次の詩の部会と、財団の偲ぶ会と財団の集まりには出席したいと思いますのでよろしくお願いいたします。会員の更新などで手続きが出来ておりませんでしたら、確認ください。 以下コピーを送ります。
    渡部先生ご夫妻 御中
    岡玲子さんの訃報、お別れの会につき連絡頂き有難うございました。
    本日11時にマグノリアに行き献花とご本人と面会をさせて頂きました。
    何とも言えないほどきれいにお眠りになっており、驚きと、感激のお別れでした。
    喪主の娘さんと、お姉さん(91歳と聞きました)にご挨拶してまさにお別れでした。
    一言お話しと写真メモをお渡ししてきましたのは、渡部先生の講座の帰りに何時も
    岡さんとお話をして、その時に中村桂子先生のお話をしたことがきっかけでマグノリア
    の会に中村桂子先生を5月のマグノリアへ呼んで講演会(テーマ・命)をお聞きしたことが
    きっかけで、中村桂子先生とお話しができ、高槻・生命誌研究館へは10数回通い、
    ご自宅にも「オープンガーデン」の日にお伺いして何回か過ごすことが出来ましたのと、
    驚いた事に6月6日に小平図書館友の会に、ZOOM、でしたが、
    テーマ「命 今伝えたいこと」で講演会をしていただいたところでした。
    渡部先生にも2回講演会できて頂きましたが、それ以来のイベントでしたが、
    岡さんの旅立ちと、同じ日の出来事でした。
    今日、岡さんのお顔を拝見して、生涯忘れることのできない日となりました。
    先生からのお知らせに,改めて感謝を申し上げます。
    渡部先生との再会できる日を楽しみにしつつ、失礼いたします。
    池田春寿

  5. エーデルワイス

    『孤絶』を読みました。

    『離愁』『故国』と続いて、出版されることを望みます。

  6. 池田三省

    本日(3/24)「芹沢光治良 孤絶」で検索すると
    「アマゾン」で ”P+D BOOKS 孤絶 (P+D BOOKS)” を見つけました。
     2021/4/8 発売予定で715円でした。

    早速3冊予約しました。
    楽しみです。

    (紹介文)
     病を機に主人公は人生の針路を大きく変える。

    「歓喜をともなわない仕事をして、どんな仕事ができよう……
     いつはてるか知れない命のある間、生命を歓喜にもやすような仕事をしたい」
     日本での役所勤めを辞め、パリの大学で社会科学の研究にいそしんでいた〈私〉。
     指導教官にも恵まれ、帰国するまでに学位を取得できるはずだった。ところが、
     結核に感染していることがわかり、療養生活を送ることに。
     気分を萎えさせる言動を繰り返す妻、一進一退を繰り返す病状に、
     〈私〉は重大な決心をする……。

     私は、初版本を持っていますが、令和に「孤絶」が復刊されることの
     意味を考えながら再度読み直したいと思います。

     皆様も注文してみてはいかがでしょう・・・。

    「離愁」「故国」と続く三部作の第一作。

  7. ナデシコ(本橋良子)

    光治良先生は、原稿を書いていられるときに、
    音楽を流されていましたか?
    それとも静謐な中で執筆されていましたか?
    もし、音楽を聴きながらでしたら、どんな曲を好まれたのでしょうか?
    興味があります。教えてください。

    • 事務局(池田)

      ナデシコ様
      お問い合わせ有り難うございます。
      お問い合わせ内容を四女の岡玲子様にお尋ねしました。
      光治良先生は、創作中には音楽は特に聴いていませんでしたが、
      私や姉の文子のピアノやお歌を聴きながら創作したかもしれません・・。
      ・光治良先生が、昭和38年11月1日 発行の「音楽の友」に
      「オペラのパラダイス東京」という書き物を見つけましたので
      ご参考にしてください。(概要のみ記載ですが・・・)

      ■「オペラのパラダイス東京」 昭和38年11月1日 「音楽の友」
      ●概要
      ・音楽を聞くのは心を洗うためである。
      ・ただ楽しむためならば、いつも「オペラ」を聞く事にしている。
      ・オペラは音楽の大殿堂のようなものである。
      ・オペラは、たとえばシャルトルの聖堂を訪ねる時のように、心の衛生上必要なものである。  
      ・最初に見たのは、パリのオペラ座でベルリオーズ「ファウストの去罰」
      〇イタリアのオペラ
       ・歌を聞かせること主で、歌手の声と芸とが中心で、他はそれに従属している。
       ・イタリアのオペラはいい歌手がそろわなければ、面白さが減少する。
      〇ドイツのオペラ
       ・イタリア・オペラのように声楽中心主義になっていない。
        音楽と劇とがからみあって総合芸術になっている。
       ・合唱も管弦楽団も指揮者も演出家も全部来なければドイツ・オペラの
        真価は発揮できない。

      以上

      • ナデシコ

        復刻版『緑の校庭』にある『月光の曲』を読んだ時に、音楽に魅了されている光治良先生の情熱が伝わってきて、さっそく「月光の曲」をYou Tubeで聴きました。

        青春時代、『人間の運命』(1,2巻のみ)を読んだ時に、高校生の次郎がピアノの音を聴いて目に涙して感動する場面や、大学生の次郎が、音楽を聴いて魂の底まで動かされるという場面に接し、そのようにクラッシク音楽を楽しみたいと思ったものです。

        先生は静謐の中で、机に向かわれていられたのですね。
        ご回答有難うございました。

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